久しぶりの都心積雪

久しぶりの都心積雪――雪をかぶった4つの銅像

2026年2月7日から8日にかけて、東京の都心部では久しぶりとなる積雪が観測されました。7日朝から雪が降り始め、都心部でも場所によってはうっすらと白くなり、3~5cm程度の積雪が確認されました。道路や歩道は白く覆われ、特に土の上や住宅周辺では雪が積もりやすい状況でした。

SNS上では「何年ぶりかの雪」「都心でガチ雪」といった驚きの声が多く見られ、電車の遅延や路面凍結への注意喚起、ノーマルタイヤでの運転を戒める投稿が相次ぎました。徒歩での転倒防止のため「ペンギン歩き」を勧める声もあり、久々の雪景色を楽しみつつも、安全第一を意識する一日となりました。

そんな中、東京大学医学部附属病院・本郷キャンパス医学部構内でも、歴史ある4つの銅像が静かに雪をまとっていました。

青山胤通・佐藤三吉銅像(構内バス通り、臨床研究棟西の西側)

構内バス通りに面し、臨床研究棟西の西側に並んで設置されているのが、青山胤通と佐藤三吉の銅像です。

青山胤通(1859–1917)は、美濃国苗木藩士の家に生まれ、東京大學醫学部卒業後にドイツへ留学し、内科学と病理学を修めました。帰国後は帝國大學醫科大學教授として内科学講座を担当し、伝染病研究所(現:東京大学医科学研究所)所長、癌研究会設立者としても活躍しました。ペストに自ら感染するという経験を経ながら、日本の内科学の近代化に大きく寄与し、明治天皇や大隈重信の主治医を務めたことでも知られています。

佐藤三吉(1857–1943)は、日本外科学の礎を築いた外科医で、東京帝國大學教授、帝國大學醫科大學附属醫院院長、帝國大學醫科大學長を歴任しました。同じ岐阜県出身の青山胤通とともに、日本近代医学の創生期に活躍し、附属病院院長や日本外科学会初代会長として、日本の医学界をリードしました。

この日は、二人の銅像の肩や頭にうっすらと雪が積もり、普段とは異なる柔らかな表情を見せていました。

ベルツ・スクリバ銅像(医学部構内)

医学図書館裏手、構内バス通りに面した庭に設置されているのが、ベルツ・スクリバの銅像で、ドイツから招聘された外国人教師として、日本近代医学の基礎を築いた二人の功績を顕彰するものです。現在の場所には1961年(昭和36年)に移設されています。

エルヴィン・フォン・ベルツ(1849–1913)は、1876年(明治9年)に来日し、26年間に亙り東京大學醫学部で内科学の教育・診療に携わりました。ツツガムシ病や肺ジストマの研究、温泉療法、人類学など多方面で業績を残し、日本の内科学の基盤を築いた人物です。退官後は侍医を務め、「ベルツの日記」は近代日本史の貴重な史料として知られています。

ユリウス・カール・スクリバ(1848–1905)は、1881年(明治14年)に来日し、約20年間に亙り東京大學醫学部で外科学を担当しました。無菌手術やエスマルヒ駆血帯の導入など、日本の外科学の近代化に決定的な役割を果たし、ロシア皇太子や李鴻章の治療に関わったことでも知られています。

雪を頂いた二人の銅像は、異国から日本の医学発展に尽力した足跡を、冬の静けさの中で改めて感じさせてくれました。

雪の日に思う、医学の積み重ね

都心の雪は交通や日常生活に少なからず影響を与えましたが、構内に立つ銅像にとっては、また一つの季節の記憶となったことでしょう。先人たちが積み重ねてきた医学の歩みは、こうした何気ない日常の風景の中にも静かに息づいています。足元に注意しつつ、雪化粧をまとった4つの銅像を眺めながら、医学の歴史とその重みを改めて感じた一時でした。

(Grok 4.1/GPT-5.2/手修正)